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国際医学部|大学を知る
ボローニャ大学は、1088年を始まりとする、西洋で最も古い大学です。王や教師ではなく、学生たちの集まりから生まれました。医学では、モンディーノが解剖を医学の授業に取り入れ、その教科書『アナトミア』(1316年)は16世紀後半までヨーロッパ中の医学校で使われました。英語の医学の課程は、医療人文学と、文化の間の橋渡しを大事な柱にしています。
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 始まり | 1088年(1888年の800年祭で決めた、慣例の年)。王や教師の集まりではなく、数人の学生の自発的な集まりから生まれた |
| 英語の医学の課程 | Medicine and Surgery(コード 9210)。ボローニャで、授業はすべて英語。6年制・360単位、うち64単位が臨床の実習 |
| 課程の柱 | 医療人文学、伝える力、健康を守る活動、地域の医療、文化の間の橋渡し(intercultural mediation) |
| 学費(国外に住む家庭) | 医学の上限 €3,315+固定 €157.04(2026/27 年。日本は減額の対象国に入らない) |
| Tier(南数塾) | イタリアは 1a=英語で学んで、その国で医師になれる道がある国。ただし医師会の登録でイタリア語の証明が要る |
大学の公式の頁「Nine centuries of history」と「Famous people and students」から。
| 年 | 何があったか |
|---|---|
| 1088年 | ボローニャの学びの場(Studium)の始まりとされる年。数人の学生の自発的な集まりから生まれ、町は「学びの町(La Dotta)」と呼ばれた |
| 13世紀 | 学生たちが出身地ごとの互助の会を作り、それが「Universitates」になる。法学の学校がヨーロッパの法の土台を支えた |
| 1316年 | モンディーノ・デ・リウッツィが解剖の教科書『アナトミア』を書く。古代の書物の学びに、体を開いて確かめる学びを組み合わせた最初の人とされる |
| 16世紀 | アルキジンナジオ宮殿ができ、町に散らばっていた学校が初めて1か所に集まる |
| 17世紀 | マルピーギが顕微鏡の研究で、医学を実験の科学の世界に引き入れる |
| 18世紀 | ラウラ・バッシが大学の教授になる。大学で教授になった最初の女性 |
| 18世紀後半 | ガルヴァーニがカエルの実験で神経と筋肉の電気の働きを示す。電気生理学の父 |
| 18〜19世紀 | マリア・ダッレ・ドンネが医学の学位を取る(バッシが亡くなった年に生まれた)。ボローニャ大学で最初の女性の医学博士で、のちに産科の学校の長になった |
| 1888年 | 800年祭。詩人カルドゥッチが大学の誕生をたたえ、大学の国際的な立て直しが始まる |
モンディーノの肖像は、いまも17世紀の解剖学の階段教室(アルキジンナジオ)に、医学の歴史の人物の木像と並んで残っています。
Medicine and Surgery(9210)の課程の頁「Programme aims」から。
南数塾の読み方
Medicine and Surgery(コード 9210)です。ボローニャで学ぶ6年制・360単位の課程で、授業はすべて英語。臨床の実習は64単位あり、1年目から始まります。
1316年、モンディーノが解剖を医学の授業に取り入れた教科書『アナトミア』を書き、16世紀後半までヨーロッパ中の医学校で使われました。ほかにも、顕微鏡のマルピーギ、電気生理学のガルヴァーニが教えています。
2026年10月31日時点の情報です。このページの内容は、2026年10月31日に下の公式の情報源と照らし合わせました。要件・学費・制度は変わることがあり、誤りがある場合もあります。出願の前に、必ず各大学・各国の公式サイトで正しい最新の情報を確かめてください。このページの情報だけをもとにした判断について、南数塾は責任を負いかねます。