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国際医学部|大学を知る
サピエンツァは、1303年に教皇ボニファティウス8世が開いた、ローマで最初の大学です。16世紀には解剖学のエウスタキオが働き、1592年には血液の循環を説いたチェザルピーノが迎えられました。英語の医学の課程「F」は、1年目に医学のイタリア語を学び、3年目には役者が演じる患者さんとイタリア語で話す練習をします。
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 始まり | 1303年、教皇ボニファティウス8世の勅書で、ローマで最初の大学(Studium Urbis)ができる |
| 名前の由来 | 1660年に移った建物の門に刻まれた言葉「Initium Sapientiae timor Domini(主を畏れることは知恵の始め)」から |
| 英語の医学の課程 | Medicine and Surgery「F」(6年制・360単位・授業は英語)。臨床の場はウンベルト1世総合病院とサンタンドレア病院 |
| 実習 | 360単位のうち60単位が実地の訓練 |
| 学費(国外に住む家庭) | 国外の収入なら国別の定額で、日本は年 €1,500(2026/27 年) |
| Tier(南数塾) | イタリアは 1a=英語で学んで、その国で医師になれる道がある国。ただし医師会の登録でイタリア語の証明が要る |
大学の公式の頁「Our History」から。
| 年 | 何があったか |
|---|---|
| 1303年 | 教皇ボニファティウス8世が勅書を出し、ローマで最初の大学を開く。大学はバチカンの壁の外に置かれた |
| 16世紀 | メディチ家出身の教皇レオ10世がヨーロッパ中から学者を招く。近代の解剖学を築いた一人、エウスタキオが働く |
| 1592年 | 教皇クレメンス8世が、血液の循環を示したチェザルピーノを迎える |
| 1660年 | コルソ・リナシメントの新しい建物へ移り、門の言葉から「サピエンツァ」と呼ばれるようになる。1670年にアレッサンドリーナ図書館 |
| 1870年 | ローマが教皇の支配を離れ、イタリアの統一が完成する。宗教から離れた新しい精神と、ヨーロッパの新しい空気が大学に入る |
| 1931年 | ファシズムの政府が教授に忠誠の誓いを求める。拒んだのはイタリア中の1,200人のうち12人で、そのうち4人がサピエンツァの教授だった |
| 1935年 | ピアチェンティーニの設計した、いまの大学の町(città universitaria)が開かれる |
| 1938年 | 人種の法律のあと、ノーベル物理学賞のフェルミがアメリカへ渡る |
Medicine and Surgery「F」の課程の頁(Presentation・Study plan)から。
南数塾の読み方
Medicine and Surgery「F」です。6年制・360単位で、授業は英語。臨床はウンベルト1世総合病院とサンタンドレア病院で学びます。
学びます。1年目に医学の言葉を中心にしたイタリア語の授業があり、3年目には役者が演じる患者さんとイタリア語で診療の場面を練習します。
2026年10月31日時点の情報です。このページの内容は、2026年10月31日に下の公式の情報源と照らし合わせました。要件・学費・制度は変わることがあり、誤りがある場合もあります。出願の前に、必ず各大学・各国の公式サイトで正しい最新の情報を確かめてください。このページの情報だけをもとにした判断について、南数塾は責任を負いかねます。