2026年10月31日時点の情報です。内容の正確さに努めていますが、変更や誤りがある場合があります。正しい最新の情報は、必ず公式サイトで確認してください。
国際医学部|大学を知る
デブレツェン大学は、1538年の改革派の学院に根を持つ大学です。英語の医学の課程は1987年から。大学は、ハンガリー語の課程との違いを「ハンガリー語を教えること」と熱帯の感染症に重きを置くことだけだと書いています。入学前の2週間の集中講座から3年目まで、ハンガリー語は必修です。3年目には、患者さんの病歴をハンガリー語で聞く練習をします。
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 始まり | 1538年にできたデブレツェン改革派学院。何世紀もハンガリーの教育と文化の中心だった。大学の印にもこの年が入る |
| 大学と医学部 | 1912年の法律で大学ができる(開いたのは1914年)。1918年に医学部の本館が開く |
| 英語の医学の課程 | 1987年から。6年制・360単位で、うちハンガリー語が12単位。6年目は内科・小児科・外科・産婦人科・神経科・精神科の実習 |
| ハンガリー語の課程との違い | 大学は「ハンガリー語を教えること」と「熱帯の感染症に重きを置くこと」だけで、ほかはハンガリー語の課程と同じだと書いている |
| 学費(2026/27) | 年 16,900 USD。出願料 150 USD・試験料 350 USD(返金なし) |
| Tier(南数塾) | ハンガリーは 1b=英語で学べるが、その国で医師として働くには現地の言葉(ハンガリー語)が要る国 |
大学の公式の頁「History」から。
| 年 | 何があったか |
|---|---|
| 1538年 | デブレツェン改革派学院ができる。大学の印の「gerundium」は、学院の学生が火を消すのに使った道具で、先人と伝統への敬意を表す |
| 1912年 | 議会が法律(第36号)で、ポジョニ(いまのブラチスラヴァ)とデブレツェンに大学を作ると決める |
| 1914年 | 大学が開く。はじめは改革派学院の建物で学んだ。町は「大きな森」の土地を大学に贈った |
| 1918年 | 医学部の本館が開く |
| 1921年 | 改革派学院で学んだ元首相ティサ・イシュトヴァーンの名前が付く |
| 2000年 | 医科大学・農業大学・コシュート大学などが1つになり、いまのデブレツェン大学に |
医学部の English Program Bulletin 2025/2026 から。
| 時期 | 何を学ぶか |
|---|---|
| 入学前の2週間 | ハンガリー語の集中講座(2025年は8月25日〜9月5日)。あいさつ、数、時刻、食べ物など |
| 1年目 | 教科書の課の題が、デブレツェンの暮らしそのもの。「UniBike(自転車)と大きな森」「大教会からのながめ」「家族がデブレツェンへ」「ホルトバージへ遠足」など |
| 2年目 | ハンガリー語 II/1・II/2 |
| 3年目 | 患者さんから話を聞く言葉。名前と家族の病歴、暮らしの様子、これまでの病気と手術、いまの困りごと、痛み、体の診察での指示、薬。後半は呼吸器・心臓・消化器・腎臓・代謝・運動器の病気 |
別の授業では、医師と患者さんの面接の基本、聴く姿勢、不安や攻撃的な気持ちへの向き合い方も学びます。
南数塾の読み方
必修です。入学前の2週間の集中講座から3年目まで、合わせて12単位のハンガリー語を学びます。3年目には、患者さんに病歴や痛み、薬のことをハンガリー語で聞く練習をします。
大学は、違いは「ハンガリー語を教えること」と「熱帯の感染症に重きを置くこと」だけで、ほかはハンガリー語の課程と同じだと書いています。
2026年10月31日時点の情報です。このページの内容は、2026年10月31日に下の公式の情報源と照らし合わせました。要件・学費・制度は変わることがあり、誤りがある場合もあります。出願の前に、必ず各大学・各国の公式サイトで正しい最新の情報を確かめてください。このページの情報だけをもとにした判断について、南数塾は責任を負いかねます。